summary:
従来の固定型光多重装置[Fixed OADM]では,あらかじめ設定された波長しか追加・削除ができず,変更には物理的な配線作業や装置の交換が必要であったのに対し,ROADMはこれらの制約を取り払い,ネットワークトポロジの再設計を遠隔からリアルタイムに行うことを可能にした.
ROADMの起源は1990年代後半から2000年代初頭に遡る.インターネットトラフィックが急激に増加し,光ファイバの使用効率を最大化するために波長分割多重[WDM]が主流となる中で,複数の波長チャネルを同時に扱いながら,柔軟に経路制御を行いたいという需要が高まった.この時期,OADM[Optical Add-Drop Multiplexer]は既に存在していたが,それはあくまで固定的な設計に基づくものであり,波長ごとの振り分けは装置の出荷前に物理的設計で固定されていた.これに対して,よりダイナミックな運用を可能にする技術として開発されたのがROADMである.実用化に向けた本格的な研究開発は1990年代後半から始まり,2000年代初頭には初期の商用製品が市場に登場した.
ROADMは,内部に光スイッチング素子を持ち,任意の波長を任意のポートに送出・受信できる.技術的には,波長選択スイッチ[WSS:Wavelength Selective Switch]が中心的なコンポーネントであり,この素子はLiquid Crystal on Silicon[LCoS]やMEMSミラー,波長依存回折光学素子などを用いて構成される.WSSを利用することで,入力された多波長信号から特定の波長を選択し,任意の方向にルーティングすることが可能となる.これにより,一つのROADMノードは,光信号を光のままスイッチングし,リタイミングや再生成,電気-光変換を介さずに次のノードへ転送することができる.また,従来のOADMと比較して,波長フィルタリングの精度や安定性も大幅に向上している.
ROADMの最大の技術的特徴は,波長単位でのトラフィック制御が「全て光の領域[オールオプティカル]」で完結するという点にある.従来は,一度電気信号に変換しなければルーティングや再構成ができなかったが,ROADMはこれを不要とし,遅延と消費電力を大幅に削減する.同時に,運用面では,ネットワークオペレータが遠隔からソフトウェアを通じて波長の追加・削除・再配線を行えるようになり,設計・保守コストの削減,ならびにサービスプロビジョニングの迅速化を実現した.これにより,障害発生時の迂回路設定や,トラフィック需要の変化に対する迅速な対応が可能となり,ネットワーク全体の回復力[レジリエンス]が向上した.
時間の経過とともに,ROADM技術はさらに高度化していった.初期のROADMは方向固定型[direction-fixed]であり,特定の方向の光チャネルしか操作できなかったが,のちに任意方向対応の「方向自由型ROADM[directionless ROADM]」が登場し,より複雑なネットワークトポロジへの対応が可能となった.また,任意の波長をどの波長にもマッピングできる「波長自由型[colorless]」や,同一方向に対して複数の波長を選択できる「競合回避型[contentionless]」といった特性も追加され,現在では「CDCF ROADM[Colorless, Directionless, Contentionless, Flexible]」と呼ばれる高機能タイプが主流となっている.ここでの「Flexible」は,フレキシブルグリッド技術を指し,従来の固定波長間隔[一般的に50GHzまたは100GHz]ではなく,より柔軟な波長幅とスペーシングを可能にする技術である.これらの機能は,デジタル信号処理やソフトウェア制御との組み合わせによって最大限に活用され,次世代SDNトランスポートネットワークの中核を成している.
ROADMの進化に伴い,適用範囲も拡大している.当初は主に長距離バックボーンネットワークが対象であったが,現在ではメトロネットワーク,地域間ネットワーク,さらにはデータセンター間接続にも広く導入されている.特に,大容量の光伝送技術であるDWDM[Dense Wavelength Division Multiplexing]システムと組み合わせることで,1本の光ファイバで数十テラビット/秒という膨大な帯域を提供しながら,波長単位での柔軟な経路制御を実現している.
現在,ROADMは通信キャリアの長距離光バックボーンや,クラウド事業者のデータセンター間ネットワーク,さらには地域間ネットワークの自動化にも不可欠な存在となっており,ネットワークのトポロジそのものをオンデマンドで変更できるインフラとして位置づけられている.また,Open ROADMプロジェクトやONF[Open Networking Foundation],TIP[Telecom Infra Project]などの業界団体も,ROADMをソフトウェア制御可能なリソースとして扱うための標準化を進めており,複数ベンダー間で相互運用可能なオープンな光ネットワークの基盤技術としても注目されている.これらの標準化活動により,従来はベンダー固有のプロトコルに依存していた光ネットワーク機器の制御インターフェースが,オープンAPIを通じて統一的に管理できるようになりつつある.
ROADMは,5Gやビヨンド5G,さらには6Gといった次世代モバイルネットワークのバックホール・フロントホールにおいても重要な役割を果たすことが期待されている.モバイルトラフィックの爆発的増加に対応するため,光アクセスネットワークの柔軟性と容量がますます重要になってきており,ROADMはこの要求に応える中核技術として位置づけられている.
技術的な観点からは,ROADMは光量子コンピューティングやQKD[Quantum Key Distribution]などの量子通信技術との統合も模索されている.特に,量子情報を担う単一光子レベルの微弱な信号を扱う際にも,波長ルーティングや光パス設定の柔軟性が求められており,より高精度かつ低損失のROADM技術の開発が進められている.
ROADMは,かつて手動でしか構成できなかった光ネットワークを,完全にリモートで制御・監視・再設計できるものへと進化させた.これは,ネットワーク運用のパラダイムそのものを変え,インフラの「コード化[Infrastructure as Code]」を実現する重要なステップでもある.光ネットワークがソフトウェアによって即座に構成・再構成される時代において,ROADMはその物理層における最も象徴的な革新技術の一つである.今後も,デジタルトランスフォーメーションの進展と共に,ROADMの重要性はさらに高まっていくと考えられる.
Mathematics is the language with which God has written the universe.