summary:
この符号化方式では,信号が特定の状態を保持するため,ビット間のゼロ戻り[return-to-zero]が存在しない.すなわち,各ビットの状態はそのまま一定時間継続し,信号はビット周期の間に基準レベル(ゼロレベル)に「戻る」ことがないため,Non-Return-to-Zeroと呼ばれる.
NRZの基本的な技術的特徴は,論理「1」と論理「0」を一定の電圧または光強度のレベルで表現する点である.具体的には,論理「1」を一定の高い電圧または強い光強度で,論理「0」を低い電圧または弱い光強度[あるいは光の不在]で表す.従って,NRZ符号化では,信号が伝送される間,その状態が維持され,データビットの長さにわたってそのレベルが変化しない.これにより,帯域幅の利用効率が高く,同じ帯域幅でより多くの情報を伝送できるという利点がある.
NRZの技術的背景は,デジタル通信の初期にさかのぼる.デジタルデータを電線や光ファイバで送信する際,信号を電圧または光の強度により表現する方法として,NRZが初めて広く使用された.特に,20世紀中盤における早期のコンピュータ通信やデータ伝送システムで利用され,後に高速通信システムでも採用された.1950年代から1960年代にかけてのデジタル通信システムの発展において,その実装の容易さから標準的な符号化方式として確立された.
NRZの種類には,主にNRZ-Level[NRZ-L]とNRZ-Inverted[NRZ-I]があり,それぞれが信号の変化の意味を異にする.NRZ-Levelでは,論理「1」や論理「0」の状態がそのまま電圧や光信号のレベルとして表現される.例えば,論理「1」は高電圧,論理「0」は低電圧として直接マッピングされる.一方,NRZ-Invertedでは,論理「1」は信号レベルの変化[遷移]を示し,論理「0」は信号の保持[非遷移]を示す.このように,NRZ-Invertedは論理「1」を信号の変化として,論理「0」を信号の維持として解釈する.NRZ-Iは,磁気記録媒体のような媒体での記録に特に適しており,長期間の論理「0」または「1」の連続によるクロック同期の問題を部分的に軽減する.
また,差動NRZ[Differential NRZ]という変種も存在し,これは2つの相補的な信号線を使用して,レベルの差で論理状態を表現する.これにより,共通モードノイズに対する耐性が向上し,高速データ伝送やノイズの多い環境での使用に適している.
NRZの歴史的発展は,光通信技術と並行して進んだ.初期の光ファイバ通信では,単純な符号化方式であるNRZが主に使用されていた.これにより,光ファイバを通じて大量のデータを効率的に伝送できるようになり,後の通信インフラの発展に貢献した.1980年代から1990年代にかけて,ギガビット級の伝送速度が実現されるにつれ,NRZの限界も明らかになってきた.特に,「長時間同じ状態が続くと,クロック同期が困難になる」といった欠点があり,この問題を解決するために,より高度な符号化方式[例えば,マンチェスター符号化,8B/10B符号化,4B/5B符号化など]が開発されることとなった.
NRZの主な技術的課題は,直流成分[DC成分]の存在である.データのビット列において長時間「1」や「0」が連続する場合,信号に直流成分が含まれることになり,変圧器結合やAC結合された回路では信号が歪む可能性がある.また,同期信号が不足し,受信側がビット境界を認識できなくなるリスクも存在する.例えば,「1111111...」や「0000000...」のような長いシーケンスでは,受信側がビットの開始と終了を識別するための遷移が存在しないため,クロックリカバリが困難になる.このため,NRZは長距離伝送や高ビットレートの通信には適さない場合が多く,これを補完するために信号にスクランブリングを適用したり,追加の同期情報を含める技術[例:ビット挿入やフレーミング]が採用されてきた.
現代の高速光通信においては,NRZの基本原理を発展させた変調方式が使用されている.例えば,PAM4[4-level Pulse Amplitude Modulation]は,2ビットの情報を4つの異なる振幅レベルで表現し,同じシンボルレートでNRZの2倍の情報を伝送できる.これにより,400Gbpsや800Gbpsといった超高速伝送が実現されている.また,コヒーレント光通信では,振幅だけでなく位相も変調に使用するDP-QPSK[Dual-Polarization Quadrature Phase-Shift Keying]やDP-16QAM[Dual-Polarization 16-Quadrature Amplitude Modulation]などの高度な変調方式が採用されている.
NRZは,特に初期のデジタル伝送システムや低速通信では,シンプルで実装が容易な符号化方式として広く使われたが,現在では高速伝送においてはその限界を補うためにより複雑な符号化技術が主流となっている.しかし,NRZはその簡便さと直感的な性質ゆえに,依然として一部の低速通信や短距離伝送,特に10Gbps以下の光インターフェースやシリアルバスインターフェース[USB,SATA,PCIeなど]において広く利用され続けている.また,NRZの原理は,より高度な変調方式の基礎となっている.
Mathematics is the language with which God has written the universe.